
稲村ガ崎きしろを代表してご挨拶をさせていただきます。4月1日より施設長という重責を任され、この稲村ガ崎きしろがどこへ向かっていくのかということを常に考えて邁進してゆきたいと思っておりますので宜しくお願いいたします。
平成19年春の開所からこの稲村ガ崎きしろも1年が経ちました。少人数を生活単位とし、またそれを一つの介護単位とするユニット型の特別養護老人ホームの取り組みは私たちにとっても新たな取り組みとなりました。個別ケアを追及するためにはユニットケアの手法が必要とされはじめて幾年か経ちましたが、ユニットケアという言葉だけが一人歩きしているように思います。個別ケアを提供していくときにハード面の環境はとても必要です、と同時にそれを活かす担い手となっている職員が重要であるということはいうまでもありません。
まだまだ稲村ガ崎きしろは、個別ケアを提供するための前提となる土台創りの時期といってもよいかと思います。やがてはそれが組織風土となっていき、そこで働く職員も誇りをもって取り組んでいくようになることを強く希望しています。介護・看護技術はそれを使う「人」の「要素」に大きく拠ります、私たちは介護を仕事としていますが、ある意味、人と人とのつながりという関係性により大きく左右されるという部分があるのかもしれません。
私たちは当たり前のように夜寝ているときに、自分で寝返りをうっています。腰が痛いときくらいは意識するでしょうが普段は意識している人はたぶんいないでしょう。しかし、ここで介助が必要な方もいらっしゃいます。意識をしたとしても、しているかどうかしっかりと確認できない人もいますが、その寝返りを自分でなしえることができない方々です。その寝返りを現場のワーカーは、寝返りの動きがどのような動きをもってなされているのか理解して(知って)、自分の手足を使って介助する、これが中心であります。
ですから寝返りという動きを知ること、知識が必要なことは言うまでもありません。そして、それが「できる」ということが必要になってきます。そして、ここからが重要なのですが、その人、その方の個別のこまりごと、同じ介助であっても「このように」「~こんなふう」にしてもらいたいという個別の事情です。これらの「わかっている」ということと、それが「できる」ということと、そして「この人は」という3つを近づけていくことが必要になります。ですから意識しないと介護はできないのです。そして意識を高め維持していくために知識も必要です。私たちを支える介護の力といっていいでしょう。
ホームはある意味、大きな家庭であります。こんなとらえ方もできるでしょう。家庭から浮かぶイメージとはどんなことでしょう。ほっとする場所、どんな状況になっても受け入れてくれる場、大切な人、家族がいる場所、知っている空間など様々にあり、それらはすべて「ほっと」する要素であると思います。私たちが家へ帰るだけでほっとできるのはどうしてでしょうか。それはやはりすでに記したように家庭にはほっとする要素があるからだと思います。とくに身体の不自由がなく、自分のことは自分でひととおりできるからで、行為そのものを「行う」ということを意識しないでいられるからだと思うのです。健康で、不自由なところはなく介助が必要ないからです。
では介護が必要な高齢者の場合はどうでしょうか、つい先の行為動作に人による介助が常に必要であるとするとそのような方々の家庭、ほっとする要素とは何でしょうか?
ホームが家庭であるとするならば、「ホームのほっとする要素とは」どんなことなのでしょう。先にあげたようにホームにいる方々の大半は、その先の動作さえも誰かの介助が必要になります。私たちが当たり前のように、いつでも行きたい時にいっているトイレも、食事もお風呂も誰かの介助が必要な状態にあります。このことをしっかりと認識する必要があります。
私たちは、ほっとできる「家庭」があるから他者との交わりを好んだり、映画や外出を楽しいものと感じたりと実感できるのです。どんな行事や外出を計画して実施したとしても、今行きたいトイレにつれていってもらえなかったら「楽しい」と実感できるでしょうか。それどころではありません、今にも出そうなんですから。トイレに行くことのほうが、その方にとっては何より大切なのは言うまでもありません。このような「今」のことがしっかり対応されているから楽しめるのです。ほっとできるのです。こういう部分がしっかりと「ほっとできる要素として保障されている」ことがホーム=家庭としての前提であります。
施設ケアの中心は、食事、排泄、入浴です。生活の中での様々な行為や動作を行うことが、実に困っている状態が生活障害であります。「知っている」「できる」「その人の個別の事情」この3つを近づけていくことが必要であり、それが経験でありスタッフとして求められるところであると認識しています。
ほっとできる要素として保障されていることがホーム=家庭としての前提、それらを提供していくのが私であり、私たちであります。
家庭に近い施設は、様々な取り組みと努力が必要と考えています。施設でありながら地域の中にある家庭に近い施設として、地域の皆様と太いパイプを築きながら、ひとつひとつしっかりと取り組んでいきたいと考えています。
平成20年4月1日
稲村ガ崎きしろ
施設長 倉富 絢子